最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)125号 判決 1997年10月09日
フランス国 ルーブシエンヌ ベー・ペー・四五 ルート・ドウ・ベルサイユ 六八
上告人
ブル・エス・アー
右代表者
ミシエル・コロンブ
右訴訟代理人弁護士
中島和雄
同 弁理士
川口義雄
中村至
船山武
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 荒井寿光
右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行ケ)第九六号審決取消請求事件について、同裁判所が平成六年一二月一五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人中島和雄、同川口義雄、同中村至、同船山武の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)
(平成七年(行ツ)第一二五号 上告人 ブル・エス・アー)
上告代理人中島和雄、同川口義雄、同中村至、同船山武の上告理由
本件特許出願の特許請求の範囲第一項の記載は次の通りである。
「データを記憶し処理するための携帯可能なデータ担体であって、前記携帯可能なデータ担体には、第1の部分を有するメモリが含まれ、かつ前記第1の部分にはキーが含まれており、前記メモリの前記第1の部分については、前記データ担体の外部装置によるアクセスは禁止され、前記データ担体の内部回路による読出しおよび書込みは許容されており、
また、前記携帯可能なデータ担体には、前記メモリに対して作動的に関連されている内部的な手段であって、前記メモリでの読出しおよび書込みのための第1の手段、前記のメモリに書込むべき外部データを受入れるための第2の手段、前記メモりから読出されたデータを外部に伝送するための第3の手段、および前記データ担体の前記外部装置から受入れた可能化キーを前記メモリの前記第1の部分に含まれたキーと比較してチェックするための第4の手段が含まれており、
また、前記携帯可能なデータ担体には、さらに、前記受入れられたキーが正しくないときには、前記メモリの前記第1の部分の或る所定の領域に誤り情報を記憶するために、前記読出しおよび書込みのための第1の手段と関連されている手段、および前記受入れられたキーが正しいときには、前記メモリの前記第1の部分の別異の領域にアクセス情報を記憶するために、前記読出しおよび書込みのための第1の手段と関連されている手段が含まれている、
データを記憶し処理するための携帯可能なデータ担体」
第一、上告理由第一点
原判決には、上告人の主張した審決取消事由2の判断につき、判決に影響を及ぼすことの明らかな審理不尽および釈明権不行使の違法がある。
一、判決に影響を及ぼすことの明らかな審理不尽
1、原審において、上告人は、審決が、メモリの第1の部分が内部回路による読出しが許容される点において本願発明と引用発明は一致するとした判断の誤りの点を審決取消事由2として、「引用発明においては、記憶モジュール1からの読出しは、アドレス計算機2が外部からの時計11によって直接に制御されることによって行われる。すなわち、アドレス計算機2は、時計11の個数の如何によって制御される。そうすると、内部回路による記憶モジュールからの読み出しは行われておらず、記憶モジュールの読出しは、外部装置の直接の制御下に行われているものである。」(原判決一三頁摘示部分)と主張した。
上告人の右主張に対し、原判決は、「外部装置であるデータ伝送装置155から単にクロックの入力を受けることをもって記憶モジュールからの読出しが外部装置の直接の制御下にあるとまでいうことはできない。」(原判決三六頁)として、上告人の右主張を退けた。
2、しかしながら、原判決の右判断は、引用発明のアドレス計算機2は「時計11の個数の如何によって制御される」との上告人の前記主張を、右判示にみるように、外部装置であるデータ伝送装置155から「単にクロックの入力を受ける」というだけの主張と即断したために、誤った判断に陥ったものである。
もし、原判決が、上告人主張の「時計11の個数の如何によって制御される」との主張を文字通りに正しく受けとめて、その意味するところについて審理を尽くしていたならば、引用発明においては、記憶モジュールからの読出しが外部装置の直接の制御下にあり、したがって引用発明においては内部回路による記憶モジュールの読出しは行われていないとの結論に到達し、したがってまた、その点において本願発明は引用発明と相違するとの判断がなされたに相違ないのである。
3、ちなみに、引用発明においては、アドレス計算機が「時計11の個数の如何によって制御される」ものであること、そのことが「単にクロックの入力を受ける」こととは相違して、記憶モジュールからの読み出しが外部装置の直接の制御下にあるとみるべきこと、左の通りである。
引用発明においては、アドレス計算機2は、入力11の時計Hの個数の如何によっ制御される。すなわち、ゼロリセット指令回路15の出力Rは、アドレス計算機2のゼロリセット入力Rに結合されているため、アドレス計算機2はゼロにリセットされるが、この信号Rの目的は単にアドレス計算機2をゼロにリセットするのみにあり、アドレス計算機2を制御するものではない。すなわち、アドレス計算機2とは、アドレスカウンターのことであるところ、アドレス計算機2は、時計Hによって制御されてその個数を計数しその計数値によって記憶モジュール1のアドレスを指定する。このことは、「「入力Aを介して記憶モジュールのアドレスの導体1aと平行に結合されたアドレスデコーダー8。」(甲第四号証七頁右上欄四行ないし六行)との記載からも知りうるところである。すなわち、アドレスデコーダーとはアドレス解読器のことであるところ、アドレスデコーダー8の入力にはアドレスが与えられるのであるから、アドレス計算機2の出力はその時計Hの個数の計数の結果に基づくアドレスであり、このアドレスによって記憶モジュール1のアドレスを指定することは明らかといわなければならない。
したがって、この、外部から与えられる時計Hの個数によって記憶モジュール1のアドレスが指定されるものである以上、記憶モジュール1からの読出しは、外部装置の直接の制御下に行われているということになる。
しかも引用例には、「データ伝送過程全体を制御する計算処理装置155」(甲第四号証八頁右下欄一五ないし一六行)と記載されていて、外部の計算処理装置155との共同によってメモリ1への書込み、読取りが行われるのである。
二、判決に影響を及ぼすことの明らかな釈明権不行使
1、原判決は、前記判示部分に続けて、本願明細書中の「アドレス・レジスタ11は、論理制御装置16とアドレス・レジスタ11との間の接続線路38を伝送される制御信号によって制御される。このアドレス・レジスタ11に記憶されているアドレスは、論理制御装置16の制御下でデータ担体の端子5に伝送されるクロック信号によって、自動的に増減することができる。」との記載に触れた後、「本願発明の上記クロックが引用発明の前記時計Hに相当することは明らかであって、本願発明も引用発明と同様に外部装置からの入力があるものであり、この点において両者の間に差異はない」(三六頁)と判断しているが、原判決の右認定および判断はいずれも誤りであるところ、本願発明のクロックに関する右の記載については、上告人は原審においてなんらの主張もしていないのであるから、原判決が本願明細書の右記載に基づいて前記のような認定を行おうとするのであれば、該記載の趣旨につき上告人に釈明を求めるべきであったところ、もし釈明権を適法に行使していたなら、上告人としてその点の説明の機会が得られ、本願発明のクロックが引用発明の前記時計Hに相当するというがごとき前記判断とはならなかった筈なのである。
2、ちなみに、本願明細書記載のクロックの趣旨および引用発明の前記時計Hとの相違は次の通りである。
本願発明においては、メモリに対して作動的に関連されている内部的な手段を有する。すなわち、本願明細書中の記載であるところの、「メモリ21は、不揮発性のメモリである。このメモリ21は、線路3を介して母線34から置数されるアドレス・レジスタ11によってアドレス指定される。」(甲第三号の一、二四頁五行ないし八行)との記載、および「アドレス・レジスタ11は、論理制御装置16とアドレス・レジスタ11との間の接続線路38を伝送される制御信号によって制御される。このアドレス・レジスタ11に記憶されているアドレスは、論理制御装置16の制御下でデータ担体の端子5に伝送されるクロック信号によって、自動的に増減することができる。」(同号証二四頁一〇行ないし一六行)の記載によれば、メモリ21が本願発明の第1の部分を有するメモリであり、そのアドレス指定すなわちメモリの読出しおよび書込みはアドレス・レジスタ11ひいては論理制御装置16の制御下に行われるのであって、すなわち、内部回路によって読出しおよび書込みが行われていることになる。 詳細には、本願明細書の「そして、アドレス・レジスタの内容は、ステップ510において、マイクロプログラムによりコードCODOPの内容に依存して1単位だけ増減される。」(同号証二七頁一四行ないし一七行)との記載からも明らかなように、論理制御装置16の制御の下にマイクロプログラムの制御によって行われるのであり、クロック信号は、データ担体内の各種の内部要素と外部要素を同期させる働きをする単なる時間基準にすぎない。これに対して、引用発明では、時計Hは、外部の計数処理装置155によって与えられて、その個数が記憶モジュール1のアドレスを指定するのであるから、どのメモリの素子を読出すかは外部の計算制御素子155によって与えられる時計Hの個数によって決まるから、時計Hは単なる時間基準以上のものである。
三、以上によれば、原判決は、上告人の主張した審決取消事由2に関し、審理不尽および釈明権不行使の違法により、本願発明と引用発明との相違点を一致点と誤認したものであり、かかる違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
第二、上告理由第二点
原判決には、上告人の主張した審決取消事由4の判断につき、判決に影響を及ぼすことの明らかな弁論主義違背の違法がある。
一、審決が、「引用発明は、誤り情報をメモリの第1の部分以外の所定領域に記憶し、かつ、受入れられたキーが正しいときには誤り情報をメモリに書込むときの電流と同じ電流をシュミレーション回路に流すのに対して、本願発明は、誤り情報及び受入れられたキーが正しいときのアクセス情報をメモリの第1の部分の所定の領域にそれぞれ記憶するようにした点」が本願発明と引用発明の相違点aであるとし、引用発明の場合が、右のごとく同じ電流をシュミレーション回路に流すものであること、ならびに「本願発明の「データ担体に入れられたキーが正しかつたとき、または、正しくなかったときのいずれの場合においても、キーを入力するときにデータ担体において消費される電流量は一定であり、このために、当該データ担体の不正な使用者が電流量をモニタすることにより対応の正しいキーを発見するように努めたとしても、その目的は達成することはできない」との作用効果と同じもの」であることを前提として、「本願発明のようにキーのみならず、誤り情報さらにはキーが正しいときのアクセス情報をもメモリの第1の部分の所定の領域にそれぞれ記憶せしめることは、外部からのアクセスを許すか否かの程度に応じて当業者が容易に推考できた」とした(原判決摘示七ないし九頁)。 原審において、上告人は、その点の認定及び判断の誤りを取消事由4とし、引用発明では、異質の電気材料からなる電気部品に電流を流しているのであるから両者を流れる電流は顕著に相違する、また、引用発明の記載によれば、不可逆性と不可侵性が保証されるメモリの領域(秘密領域、本願発明のメモリの第1の部分に相当)は、資格データ(本願発明のキーに相当)によって満たされていて、他の情報が記憶される余地はない。したがって、引用発明には、本願発明のように、キーのみならず誤り情報さらにはキーが正しいときのアクセス情報をメモりの第1の部分の所定の領域にそれぞれ記憶せしめることは、なんら示唆されていない、したがって、審決は引用発明の技術的理解を誤り、相違点aについての判断を誤ったと主張した(原判決摘示一四ないし一六頁)。
二、原判決は、上告人の前記二点の主張に関し、右電流の異同の点につき、上告人の提出した各証拠によれば、「両者を流れる電流は必ずしも同一とはいえないことが認められる」(原判決四四頁)とし、また、引用例には、「ゲート41の入力A0-A15によって携帯物品のメモリー内に含まれる資格データの不可逆性と不可侵性が保証され、この入力によってゲートETは資格データに含まれるメモリーのアドレスに対して自動的に閉じられる。」との記載がなされていることから、「この記載によれば、原告主張のとおり、不可逆性と不可侵性が保証されるメモリ領域は資格データによって満たされていて、他の情報が記憶される余地はないということができる。」(原判決四五頁)として、上告人主張の右二点をいずれも容認している。
そうであれば、原判決は、上告人主張のように、審決は引用発明の技術的理解を誤り相違点aについての判断を誤ったとして、取消事由4の存在を肯認し、審決取消判決をしなければならなかった道理となる。
しかるに、原判決は、そこから一転して、右二点のうち、後者についての前記引用例記載部分は、引用発明の一実施例にすぎないとし、したがって該記載をもって「引例発明の不可逆性と不可侵性の保証されているメモリ領域が、すべての場合、資格データで満たされているものと断定することは早計」とする一方、引用例には、「23)前記記憶回路の各メモリー素子が記憶モジュールのメモリー素子によって構成されていることを特徴とする特許請求の範囲第一項~第二二項いずれかに記載のある携帯物品」(特許請求の範囲)との発明の記載があるとして、「結局、引用例には、誤り情報を資格データと同一のメモリの領域に記憶することが記載されているものといって差し支えがない」(原判決四六頁)との認定を行い、かつそのことから、「秘密コードが正しい場合についても誤り情報を記憶する場合と同様に記憶するとした場合に、両者の情報は共に外部から秘密にされることを要する点において差はない以上、前者の情報もメモリの秘密領域に記憶するようにすることは当業者にとって容易に想倒し得たものというべきである」との結論に到達している。
三、しかしながら、引用発明特許請求の範囲第二三項の、「前記記憶回路の各メモリー素子が記憶モジュールのメモリー素子によって構成されている」との記載は、原判決の前記理解とは異なって、誤り情報を資格データと同一の秘密領域に記憶する趣旨を一義的に明確に示すものではない。ここでは、一般的なひとつのメモリを用いて、資格データ、誤り情報ならびに記憶および伝送するためのデータを記憶させるということを記載しているにすぎず、誤り情報を記憶するのに、資格データを記憶するのに用いた秘密領域を用いるのか、それとも記憶および伝送用の秘密領域ではない領域を用いるのかについての記載はない。かえって、特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明に記載したものでなければならないところ(特許法三六条四項)、引用発明の特許請求の範囲第二三項は、引用例第3図の別の実施例に対応するが、右第3図の別の実施例においては、記憶に関しては、メモリ430が資格データの記憶領域、秘密コードの誤り記憶領域、ならびに記憶および伝送用データを表す記憶領域から構成され(引用例一二頁左上欄一三行ないし一七行)、資格データの記憶領域は秘密領域であるものの、誤り情報を記憶する領域が秘密領域でないことは明らかである。
そうすれば、誤り情報を資格データと同一のメモリの領域に記憶することが記載されているとの原判決の前記認定が誤りであることはもはや明白である。
ひるがえって、審決が、前記のごとく、本願発明の、誤り情報及び受け入れられたキーが正しいときのアクセス情報をメモリの第1の部分の所定の領域にそれぞれ記憶するようにした点を引用発明との相違点aと認定した趣旨は、引用例には、誤り情報と右アクセス情報の両者をともにメモリの第1の部分の所定の領域にそれぞれ記憶させる場合が記載されていないのみならず、右両者のうちの誤り情報のみを右第1の部分に記憶させる場合のことも記載されていないとの趣旨であることはいうまでもない。すなわち、原審においては、引用例には右いずれの場合も記載されていないことを前提とした上で、そのような相違点の容易推考性が争われたにすぎず、上告人はもとより、被上告人も、引用例に誤り情報がメモリの第1の部分の所定の領域に記憶させる場合が記載されているとはなんら主張していないのである(原判決二一~二三頁の被告主張の摘示参照)。
しがるに、原判決は、原審では争点とならなかった引用例の特許請求の範囲第二三項の記載を卒然援用し、かつこれを誤読して、前記のごとく、「引用例には、誤り情報を資格データと同一のメモリの領域に記憶することが記載されている」と認定したもので、弁論主義違背の認定というべきである。
原判決は、かかる弁論主義違反にしてかつ客観的にも誤った独自の認定の上に立って、アクセス情報も含めての容易想到性を認定したものであるから、原判決は、審決取消事由4の判断につき、判決に影響をおよぼすことの明らかな弁論主義違背の違法があるというべきことになる。
第三、上告理由第三点
原判決は、審決取消事由5に関し、審決が「容易の容易」の論理を用いて本願発明の容易推考性を認めたものであるにもかかわらず、その点を看過して、「容易の容易」の論理ではないとした、判決に影響を及ぼすことの明らかな特許法二九条二項の解釈の誤りがある。
原審において上告人は、取消事由5として、審決の、メモリの第1の部分をデータ担体の内部回路による読出し及び書込みが許容されるようにする程度のことは容易に推考できたとの判断は、メモリの第1の部分に誤り情報及びびアクセス情報を記憶することが当業者に容易に推考できることを前提とした上で、その記憶を内部回路により書込みが許容されることも容易に推考できるとするものであって、結局、審決が認定した相違点aの容易推考性を前提として、その上に相違点bの容易推考性を積み重ねたものにほかならず、全体としてみれば、審決の本願発明の容易推考性の判断は、いわゆる「容易の容易」の論理に基づくもので、特許法二九条二項の適用を誤ったものと主張した(原判決摘示一六~一七頁参照)。
これに対し、原判決は、「引用例には、メモリの第1の部分について、使用時に書込みが許容されるべきである」との示唆がなされているとの、前記上告理由第二点で指摘した、弁論主義違反かつ客観的に誤った独自の認定に基いて、審決が相違点aにっき容易推考性の判断をなしたものであることが明らかであるにもかかわらず、その点を無視して、「審決の判断を相違点aの容易想到性を前提とした容易の容易の論理であるとする原告の非難は妥当しない。」としたものである。
原判決のかかる判断は、審決のなした本願発明についての容易推考性の判断が全体として「容易の容易」の論理に基づくものであることを看過したことにより、結局、特許法二九条二項の解釈を誤ったものというべきところ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
以上